海辺から花火の音が聞こえた。堤防に行くと同い年くらいの女の子が立っていた。

怖い話



祖母の家は海のすぐそばにある小さな集落にあった。


毎年夏の終わりになると僕はそこへ泊まりに行った。



静かな少し古びた日本家屋。
夜になると、虫の声と遠くの波音が入り混じり、自然と眠くなる。


そんな落ち着いた場所だった。

しかしひとつだけ不思議なことがあった。




夜の八時、花火の音

毎晩、夜の八時ちょうどになると誰もいないはずの堤防の方から「花火の音」が聞こえてくる。

どん。ぱら、ぱら。
遠くで夜空が割れるような音が確かに響く。

祖母はぽつりとこう言った。



「ここでは昔、海の花火大会があったんだよ。でも事故があってそれからはやらなくなったの。」



その言葉がどうしても気になり、ある晩、僕はこっそり堤防へ向かった。

潮の匂いが強く、草むらには誰かが歩いた跡が残っていた。

海を見渡しても花火は上がっていない。
でも、音だけが鳴り続けていた。
どん、ぱら、ぱら。

そして、堤防の先に誰かが立っているのに気づいた。

白いワンピースを着た同い年くらいの女の子だった。


「……見えないね」




その女の子は僕の方を見ずに海を見ながら言った。



「でも、毎年ここで見てるの。音だけでも楽しいでしょ?」



僕は返事ができなかった。
ただ、その場に立ち尽くしていた。

「来年も来る?」



少女が微笑んだ。

「うん……来るよ。」


自然と、僕はそう答えた気がした。





それから毎年、僕はその海辺に来た。
彼女は夏の終わり、夜の八時にだけ現れて僕と少し話をする。

でも、何年経っても彼女は変わらなかった。
髪も服も言葉もずっと同じだった。





高校生になったある年、どうしても気になって祖母に聞いてみた。





「昔、ここで事故があったって言ってたよね。どんな事故だったの?」





祖母はしばらく黙った後、こう答えた。





「……海に落ちた子がいたの。花火大会の夜、堤防から。

一緒に来てた男の子がいたんだけどね。助けに行けなかったみたいで、それがずっと…」





夏の最後の夜、僕は八時の少し前に堤防へ行った。


いた。
やっぱり彼女はあの白いワンピース姿で立っていた。


「ねえ」
僕は言った。





「僕は……君のこと忘れないよ。」





彼女は笑った。
優しく、少し寂しそうに。






「ありがとう。……でも、もう来なくていいよ。」


「え?」


「来年は来ないでね。もう終わりにしなきゃいけないから。」





そう言って、彼女は堤防の端まで歩いていく。





「さよなら。」





最後に振り返った彼女は少し涙ぐんでいた。

花火の光と静かな海


──どん。


海の上でひとつだけ花火の光が見えた気がした。
でも空は真っ暗なままだった。

次の年から八時になっても音は聞こえなかった。
海はただ静かで、風の音だけが響いていた。

彼女の名前はもう思い出せない。
でも、あの夏の夜の切なさだけは今でも胸の奥に残っている。

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