玲奈は放課後、部活の忘れ物を取りに戻った。その日は特に忙しく誰も残っていない校舎の中で彼女一人だけが残されていた。
時計を見るともう夕方の6時を過ぎていた。
外はすっかり暗く雨が降り始めていた。
「早く帰らないと…」
そう思いながらも玲奈は部室の机の上に置き忘れたノートを手に取り、急ぎ足で廊下を進んだ。
廊下の古い蛍光灯が所々で不安定にチカチカと点灯している。
その光が壁に映り、暗い影がうごめく。
雨の音と静けさがまるで時間が止まったかのように校舎を包み込んでいた。
玲奈の足音だけが「カツン、カツン」と乾いた音を響かせる。
ふと、遠くの方から「ぽたっ、ぽたっ」と何かが落ちる音が聞こえた。
振り返るもそこには誰もいない。
廊下は長く、暗い影がただ続いているだけだった。
「気のせいだよね…」
そう呟き、自分に言い聞かせながら歩みを早めた。
部室を出て正面玄関へ向かう途中。
玲奈はふと二階の教室の窓を見上げた。
その瞬間、窓ガラスに何か白いものが映った。
「誰かいる?」
思わず声をかけようとしたその時、白い影はスッと消えていった。
胸がドキリと跳ねた。
「早く帰ろう…」
玲奈は足を速めたが廊下の隅から低い囁き声が聞こえてきた。
でも、声の主はどこにも見当たらない。
背筋が冷たくなるのを感じ、急いで階段を駆け下りた。
しかし階段の踊り場に差し掛かった瞬間、天井の蛍光灯が一斉にチカチカと激しく点滅し始めた。
まるで何かに怒られたような錯覚に囚われ、玲奈は動けなくなった。
ようやく一階に降りると、遠くに職員室の明かりが灯っているのが見えた。
「誰かいる…?」
そう思い近づこうとした瞬間、明かりがパッと消えた。
廊下が突然真っ暗になり、玲奈はパニックに陥った。
手探りで壁を伝い、ようやく非常口のドアを見つけた。
しかし、そのドアの横には普段は決して開かないはずの窓が開いていた。
冷たい風が吹き込んで玲奈は思わず背筋が凍るのを感じた。
その時、背後で足音が聞こえた。
「カツッ、カツッ」
誰かが近づいてくる。
振り返りたい、声をかけたい。
でも体が動かない。
喉が渇いて声が出ない。
足音はどんどん近づき廊下の角を曲がる音がしたがそれ以降何も聞こえなくなった。
玲奈はその場から動けなかった。
しばらくして校内放送のチャイムが鳴り響いた。
「終了時間を過ぎました。速やかに校舎から退去してください。」
その声はどこか遠く、そして妙にゆっくりと響いているようだった。
ようやく体が動き、玲奈は全力で玄関を目指して走った。
外に出ると雨はすっかり止んでいて、澄んだ夜空に星がきらめいていた。
それ以来玲奈は一人で夜の学校に残ることを避けるようになった。
だが、彼女が最後に聞いた囁き声と足音の正体は今もなおわからないままだ。



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