引っ越してきてすぐの頃、隣に住む年配の女性から声をかけられた。
「ひとり暮らしなの? 若いのにえらいわねえ。よかったらこれ、どうぞ」
手渡されたのはタッパーに入った手作りの肉じゃが。
正直こういう食べ物をもらうのはあまり得意じゃなかったけれど、まだ片付けも終わっていなかったし、ありがたく受け取った。
味は普通……というより少し甘すぎるくらいだった。
ところがそれ以降、毎日のようにタッパーが届くようになった。
煮物、ひじき、おから、漬物……
どれも“家庭的な味”ではあったが、悪く言えば甘すぎたりしょっぱすぎたりで量も多すぎる。
最初はありがたく思っていたけれど、週に1回で十分では?と感じ始めた。
返すときには必ず「味どうだった?」と聞かれる。
「美味しかったです~」と答えると、次の日はさらに多くのタッパーが届く。
冷蔵庫も限界に達し、何よりも次第に恐怖を覚えた。
ある日、思い切って受け取ったタッパーのひとつを捨ててみた。
すると翌朝、玄関の前にタッパーが3つ並んでいた。
ピンポンも鳴らされていない。ドアも開けられていない。
その状況は数日続いた。
怖くなってタッパーのひとつを中身を確認すると……
刻んだ野菜の中に長い黒髪が混ざっていた。
吐き気をこらえすぐに捨てた。
もう無理だと思い管理会社に相談しようとした夜、インターホンが鳴った。
モニターに映った隣の女性は笑っていた。
でも、その目だけは笑っていなかった。
「タッパー……捨てたでしょ」
無言でモニターは切られた。
怖くて鍵を二重にかけて布団にくるまった。
翌朝、玄関にはタッパーはなかった。
代わりにドアに赤い文字でメッセージが貼られていた。
【わたしはあなたの “おかあさん” になろうとしたのに】
文字はまっすぐではなく手が震えたようににじんでいた。
その後、隣の女性は姿を現さなくなった。
引っ越したのか家にこもっているのかは不明。
しかしある日、ポストを開けると白いタッパーが1つだけ入っていた。
名前もメモもなし。
でも開けなくてもなんとなく中身がわかるような気がした…



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