人気急上昇中の新人・美咲。
ベテランのプライドを守る沙羅。
二人は歌と雑談という同じジャンルで視聴者を奪い合う関係にあった。
そこに割って入ったのが大口リスナー「斎藤」だった。
彼はどちらの配信でも桁外れのスパチャを飛ばし「神リスナー」として名前が常にチャット欄を流れていた。
二人は彼に頭が上がらなくなり、互いのファンですら斎藤の存在に気を遣った。
しかし裏で斎藤は巧妙に二人の心を侵食していた。
「沙羅さん、美咲のこと“声が安いキャバ嬢みたい”って言ってたよ」
「美咲ちゃん、沙羅のこと“腐った賞味期限切れ”って呼んでた」
匿名アカウントからのアンチコメント。
タイムスタンプ付きで切り抜かれた「捏造クリップ」
斎藤は同時に複数の端末を操り二人の信頼を少しずつ削り取っていった。
配信は荒れ、互いを匂わせる発言が飛び出しコメント欄は罵倒合戦。
再生数は跳ね上がり「#配信者抗争」がトレンド入りした。
そして斎藤は最後の駒を置いた。
「配信じゃ決着つかないだろ? 本物を証明しろ。オフで勝負だ」
郊外のカラオケボックス。
「歌対決」という名目で集められたのは美咲と沙羅、そして斎藤に取り巻く数人のリスナー。
ドアが閉まると既に誰かがスマホを三脚に立てていた。生配信は始まっていた。
最初の数曲はまだ音楽だった。
だが斎藤がわざとマイクの電源を落とした瞬間、空気は爆発した。
「ふざけんな、私が歌う番だろ!」
「アンタが横取りしたんでしょ!」
肩がぶつかりマイクが落ち怒鳴り声が響く。
やがて爪が皮膚に食い込み、髪が床に散り血の味が口の中に広がった。
スマホのレンズは赤く濡れた頬を逃さない。
コメント欄は歓声で埋まっていた。
「やべえ、マジで殴り合ってるw」
「血出たぞ!最高!」
「スクショ撮れ!」
斎藤は後方のソファで煙草を吹かしながら笑っていた。
「止めろ」なんて言葉は一度も出なかった。
むしろ彼は声を張り上げた。
「もっとやれ! ここで勝った方が本物だ!」
ガラスのコップが割れ、灰皿が投げられ、狭い個室は修羅場と化した。
そして決定的な瞬間――テーブルの上の酒瓶が割れ、美咲の手に握られた。
反射的に振り下ろされ沙羅の首筋が裂けた。
一瞬の静寂。
だがスマホは止まらない。
レンズは鮮血に濡れた床を確実に映していた。
「死人出たwww」
「ガチ殺し合いwww」
コメントは祭りのように沸き続けた。
翌朝、事件は全国ニュースとなった。
「人気配信者オフ会で流血沙汰、死者1名」
スタジオでコメンテーターが眉をひそめ「ネット文化の闇」と言い放つ。
だが誰も斎藤の名前には触れなかった。
彼はすでに全てのアカウントを削除し、新しい推し配信者の枠でまた豪快に投げ銭を始めていたからだ。
残ったのは削除されきれない違法アップロード動画と事件直前のアーカイブ。
そこにはマイクを持つ美咲と沙羅、そして奥のソファで腹を抱えて笑う斎藤の姿が確かに残っていた。
「最高のショーだっただろ? 俺が仕掛けなきゃ誰も見られなかったんだ」



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