山深い場所に小さな集落があった。
舗装もされていない細い林道を車で三十分以上走らなければ辿り着けない忘れられたような山村だ。
その村には古くから一つの言い伝えがある。
「あの鳥居をくぐった者は二度と山を降りられなくなる」
その噂を耳にしたのは大学の山岳サークルで合宿をしていたときだ。
村の人が酒の席でぼそりと語った。
仲間は笑い飛ばしていたが妙に気になって仕方がなかった。
翌日、俺たちは軽い気持ちで鳥居を探してみた。
観光地化された登山道を外れ、木々の隙間を縫うような獣道を登っていく。
地図には載っていない。
やがて、苔むした赤い鳥居が唐突に現れた。
鳥居の周囲に社も祠もなく、ただ木々に埋もれるように立っている。
風雨にさらされ塗装は剥げ落ちところどころ黒ずんでいた。
「なんだよ、これだけか?」
仲間の一人が鼻で笑い、軽く鳥居をくぐって向こう側へ抜けた。
その瞬間、空気が変わった。
さっきまで耳をつんざいていた蝉の声がぴたりと途絶えた。
森を流れていた風も葉擦れの音も消えた。
あまりに静かすぎて耳鳴りがするほどだった。
「なあ……あいつどこ行った?」
俺は辺りを見渡した。鳥居をくぐった仲間の姿がどこにもなかった。
ほんの数秒前まで目の前にいたのに。
慌てて鳥居を抜けて追いかけようとした。
…がその寸前に村の人が言っていたことを思い出した。
鳥居をくぐり抜けることをためらった。
焦りと恐怖で次第に口数が減っていった。
日が暮れるころ、俺たちは力尽きて座り込んだ。
そのとき、鳥居の向こうに人影が立っているのに気づいた。
いなくなった仲間だと思って思わず声を上げた。
だが──違った。
そこに立っていたのは白装束をまとった何人もの人影だった。
顔はぼやけ、誰一人として表情が読み取れない。
ただ黙ってじっとこちらを見ている。
「……くぐったら終わりだ」
背後で誰かが囁いた。



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