夏休み前の最後の体育の授業。
学校のプールには太陽の光を浴びて水面がキラキラと輝いていた。
子どもたちは笑い声を上げながら水しぶきをあげて遊んでいる。
泳いだり浮き輪でくるくる回ったり無邪気な声がプールいっぱいに広がっていた。
「ねえ、見て見て!」
小さな手が水面に浮かぶ青い物体を指さす。
透明な浮袋のようなものが波に揺れてぷかぷかと漂っていた。
「これ、何だろう?」
友達の一人が興味津々で手を伸ばし触れた瞬間、鋭い痛みが指先を襲った。
「きゃあっ!」
叫び声が響く。指に赤い線が浮かび痒みとしびれが同時に襲った。
最初は一人だけの悲鳴だった。
好奇心に勝てず次々と他の子どもたちがそれに手を伸ばしてしまう。
それが子どもたちの手や腕に絡みつく。
瞬時に激しい痛みと腫れを引き起こす。
「痛い、痛いよ!」
「離して、離して!」
笑い声は悲鳴に変わり、プールは混乱の渦に包まれた。
教師の田中はプールサイドで静かに見下ろすだけだった。普段の無邪気な光景が、たった数分で地獄のような惨劇に変わってしまった。
惨劇の正体は”カツオノエボシ”という猛毒を持つクラゲだった。
救急隊がプールサイドに駆けつけるまで子どもたちは叫びながら水をかき分け、互いに手を取り合って必死に逃げようとした。
水面には青白い浮袋が漂い、長い触手が波に揺れるたびに子どもたちの腕や脚に絡みつく。皮膚の赤い腫れと痛みが広がり、数人は声も出せず沈みかけているようだった。
田中はプールサイドで冷ややかな目を浮かべ、ただ静かにその惨劇を見下ろしていた。普段なら子どもたちの笑顔で満たされる場所がたった数分で地獄のような光景に変わったのだった。
救急隊が水に飛び込み子どもたちを一人ずつ引き上げ手当を始めた。
田中はその間一歩も動かず、ただ静かにプールを見下ろしていた。周囲の職員や救急隊が叫んで注
意を促しても田中は微笑みすら浮かべていたという。
言うまでもなく惨劇の元凶は田中によるものだった。
田中が海で自らカツオノエボシを集めプールにばらまいたのだ。
このカツオノエボシというクラゲは死体になっても毒が残り続ける。
その日の夕方、警察が学校に到着し田中は逮捕された。
取り調べの際、彼の表情には後悔も恐怖もなく淡々と自分の行為を語った。
「…子どもたちが怖がる顔を見るのが面白かった」
「水の中で必死に逃げ惑う姿…それを観察するのが教育だと思った」
彼の言葉には常軌を逸した冷たさがあり、取り調べ室の空気は凍りついた。
警察官も面食らい、記録を取る手が止まるほどだった。
学校のプールは立ち入り禁止となり、青白く漂うカツオノエボシは撤去されたが、事件の恐怖は学校に深く刻まれた。
子どもたちの記憶に残ったのは、無邪気に笑っていた朝の光景と触れた瞬間に襲いかかってきた鋭い痛み、そして教師の冷酷な目だった。



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