うちの近所には変わった人がいた。
というか正確には――昔いた。
みんなはその人のことを「ドラえもんおじさん」と呼んでいた。
いつも青い作業着を着てリュックには何が入っているのか分からない金属の破片やコードを詰め込んで町をぶらついていた。
見る人が見ればただのゴミ拾いだったと思う。けれど本人は違った。
「これは未来の部品なんだ!」
「ドラえもんの道具を再現してるんだよ!」
そう言って嬉しそうに笑っていた。
壊れた扇風機に時計の針や電卓の部品テレビの基板。
それらを寄せ集めては「どこでもドア」や「タイムマシン」と言って庭先で実験していた。
近所の子どもたちは怖いもの見たさでよく見に行った。
おじさんは優しくて怒鳴ったりしなかった。
でもその目だけはどこか焦点が合っていなかった。
誰もいない方向に話しかけたり何かを測っているフリをしたり。
大人たちは「あの人はもう壊れちゃったんだよ」と言った。
ある日おじさんが言った。
「ついにできたぞタイムマシンが!」
近所の子たちが半信半疑で集まった。
おじさんは車のバッテリーと鉄パイプを組み合わせたような装置の前でスイッチを押した。
バチッと音がして煙が上がった。
その瞬間、装置がバラバラに崩れておじさんは転倒し頭を強く打った。
救急車で運ばれたあと数日しておじさんは目を覚ました。
そして興奮した声で言った。
「見たか!私は時空間移動を成功させた!過去と未来を行き来したんだ!」
病院の看護師も家族も近所の人も皆「ただ気絶してただけだ」と笑った。
それでもおじさんはずっと言い続けた。
「君たちはまだ知らないだけなんだ。私は“未来”から戻ってきたんだよ!」
それからもおじさんは懲りずに発明を続けた。
でも以前よりも目つきが鋭くなり笑うことが減った。
誰もが少し距離を置くようになった。
……そしてある日。
町が静まり返るような事件が起きた。
おじさんが人を消せる機械を作ったのだという。
それは彼が「どこでもドアの応用だ」と言っていた装置だった。
金属の箱に小さなレバーが付いていておじさんはそれを“位相消去装置”と呼んでいた。
最初はネズミやカエルなどの小動物で実験していたらしい。
だが隣家の青年がおじさんに呼ばれそれっきり帰ってこなかった。
警察が駆けつけた時おじさんは庭に立っていた。
おじさんは満面の笑みを浮かべていた。
「見ろ!これが人を消せる偉大な発明だぞ!」
狂気じみた表情でそう叫んだという。
装置の前には何もなかった。
血も跡も何も。
警察が押収した機械は内部構造がめちゃくちゃで電源すら繋がっていなかった。
専門家が調べても「ただの鉄屑」としか言えなかった。
おじさんはそのまま連行され精神鑑定の結果措置入院となった。
町は静かになった。
おじさんの家は取り壊され空き地になった。
時間が経つにつれ子どもたちの記憶からも薄れていった。
けれど不思議なことがあった。
あの日“消えた”青年は最後まで見つからなかった。
防犯カメラにも映っていない。
足跡も行方も何も残っていなかった。



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