小学校の林間学校、初日
天気は快晴
みんなでバスに乗って森の奥のロッジへ向かった。
カレーを作って、川で遊んで、夜にはキャンプファイヤー。
笑い声がずっと響いていて、楽しくて仕方なかった。
でも、ひとつだけ――少し、変だなと思ったことがある。
ロッジの裏に深い木々でよく見えないが古い校舎みたいな建物があった。
建物は朽ち果て窓が割れていて立ち入り禁止のロープが張られていた。
夜遅くに目が覚めた。
トイレに行って部屋に戻る時にふと窓の外を見た。
奥のほうにぽつんと灯りがついていた。
「あの校舎のところだ….」
人なんていないはずなのに何で灯りがついてるんだろうと不思議に思った。
同時に見てはいけないものを見てしまった気がした。
でも気になって仕方がなかった。
部屋に戻って無理やり友達を起こした。
「ねえ、裏の校舎みたいなところ灯りがついてるんだけどさ」
眠そうな顔をして友達は「先生たちが使ってるんじゃない?」と言ってまた寝てしまった。
自分も無理やり寝ようとした。
でも虫の声、遠くの川の音、そしてあの建物の光が気になって寝れなかったのだ。
もうその時からおかしかったのかもしれない。
何故か僕は部屋の非常用の懐中電灯を持って部屋を抜け出した。
外に出た。
夜の森は想像以上に暗かった。
足元の砂利が小さく音を立てるたび心臓が跳ねた。
ロッジの小さな灯りがどんどん遠ざかっていく。
あの校舎の方へ進むと、空気が冷たく変わった。
湿った土の匂い。風もないのに木の葉がざわざわと揺れている。
近づくにつれてあの灯りの正体が見えてきた。
窓の内側でぼんやりと蝋燭のような光がゆれていた。
誰かが本当に中にいる――そう思った瞬間、足が止まった。
建物の入り口には“立入禁止”の札がぶら下がっていた。
でも、ロープは切れていた。
まるで誰かが「入っていいよ」と言っているみたいに。
中に入るとひんやりとした空気に包まれた。
床が抜けそうで、歩くたびにギシギシと鳴った。
廊下の奥、光がひとつ灯っている。
近づく。
そこは教室だった。
机と椅子が埃をかぶって整然と並んでいる。
そして黒板には何かが書かれていた。
――「よく来たね」
白いチョークの文字。
でも、その下には小さな手形がいくつもついていた。
まるで子どもたちがそこに押しつけたみたいに。
「誰かいるの?」
声を出した瞬間、教室の奥でカタンと何かが倒れる音がした。
懐中電灯を向ける。
教卓の横に古い出席簿のようなものが落ちていた。
拾い上げて表紙を照らすとそこにはこう書かれていた。
「林間学校特別クラス」
ページをめくる。
見覚えのない名前がずらりと並んでいた。
でも一番下に――自分の名前があった。
手が震えた。
昨日の夜ここに来た覚えなんてない。
なのに日付の欄には確かに「出席」に○がついていた。
その瞬間、背後からコツン……コツン……と小さな足音が聞こえた。
息を呑んで振り返る。
教室の入り口のほうに子どもの影がいくつも見えた。
みんなこちらを見ている。
懐中電灯を向けた瞬間、
一斉に顔を伏せて、黒板に向かって何かを書き始めた。
――キィ……キィ……キィ……。
チョークの音が教室中に響く。
どんどん速くなって耳を塞ぎたくなるほどの音になった。
黒板の文字がどんどん増えていく。
「きた」「きた」「きた」「きた」
そればかりが何十行も埋め尽くしていく。
恐怖で足が動かない。
でも次の瞬間――電灯が消えた。
真っ暗。
呼吸の音だけがやけに響く。
懐中電灯のスイッチを押す。
光がついた瞬間、目の前にひとりの少女が立っていた。
白い服を着て顔中が真っ黒に塗りつぶされたように見えた。
その手にはチョークの粉がびっしりとついていた。
「……ちゃんと、来てくれたんだね」
そう言って少女は笑った。
気づいたときには外にいた。
ロッジの前にいて朝日が昇りはじめていた。
みんなの寝顔が窓越しに見えた。
安堵したのも束の間、
自分の手の中に、あの出席簿が握られていた。
そのページには、真新しい文字で書かれていた。
「全員出席」



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