私はかつて、ある精神病棟に看護師として勤務していた。
しかしその病棟は想像を絶するものだった。
患者への虐待、ずさんな管理、保険点数を稼ぐための不正診療――あの病院では日常が狂気に染まっていた。
退職して数年が経った今も、夜中に不意に患者の声や足音が聞こえる夢に悩まされる。
ある日、私は決心した。
「あの病院の記憶を精算しなければいけない」と。
今はあの病院は廃墟となっている。
病院内の実態が外部に漏れて大問題になったからだ。
病院に勤務していた時、一番強く残っている記憶がある。
それは地下にある収容部屋の事。
地下に繋がる重く固い扉。
扉を開けて地下に降りるとそこには小部屋がいくつもある。
小部屋には頑丈な鉄格子。
そこに車椅子ごと患者を入れてただそのまま放置するのだ。
虐待や間違った治療が重なり患者は日に日に弱っていく。
一体何人の人間があの病院で亡くなったのだろう…
地下に行って花を手向けて供養をしたいと思い立った。
昼間、私は花束を手に廃墟と化した精神病棟を訪れた。
割れたドアのガラスの間を通って中に入った。
埃っぽい匂いが一気に肺に流れ込んでくる。
昼間なのに中は夜のように暗かった。
誰もいないはずなのに、廊下を歩くと足音が反響し背後から追ってくるように聞こえる。
「……きっと気のせいだ」
自分に言い聞かせ、懐中電灯の明かりを頼りに地下への扉を目指した。
鉄製の扉は錆びついていたが、力を込めると軋みながら開いた。
夏にも関わらず背筋がゾクっとするような冷気が吹き出した。
階段を降りると
かつて見慣れた小部屋が並んでいた。
鉄格子は今もそこにあり、中は空っぽのはずなのに薄暗がりの奥から椅子の軋む音が聞こえた。
懐中電灯を向けると――古びた車椅子が一台。鉄格子の中にぽつんと置かれていた。
まるで「まだここにいる」と訴えるように。
私は手が震えた。
ショックで身体が動かなくなった。
でも何とか花を取り出し、車椅子の前に手向けた。
「ごめんなさい……どうか安らかに眠ってください」
そう告げると手向けた花束から花びらがひらりと落ちた。
病院を出た。
空気がとても美味しかった。
「無事に出れた…私は許されたのかな…」
不安と安堵が入り混じる感情。
しかし彼女にとって大きな区切りとなったことは間違いない。
彼女は病院を後に帰り道を進んだ。
「キィ…キィ…キ….」
彼女の後を追うように車椅子に乗る何者かが病院を出た。
彼女はそれを知らない



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