とある田舎の学校。
古びた木造の校舎がぽつんと山の中に建っている。
この学校ではある噂が昔から絶えない。
「放課後、廊下の向こうから白装束の女が来たら――絶対にすれ違うな」
もしすれ違ってしまったら……
この世に戻れなくなってしまうのだという。
そして奇妙なのはこれを言っているのが先生や親たちだということ。
ただの学校の怪談だと思いきや大人たちが真面目な顔で語ってくるのだ。
でも子供たちは笑い飛ばした。
「どうせ“寄り道するな”って遠回しに言ってるだけでしょ」
「家にまっすぐ帰らせるための作り話じゃん」
子供達はみんなそう思っていた。
そんなある日のことだった。
放課後、ひとり教室に残っていた生徒がいた。
名前はユウタ。
忘れ物を取りに来ただけだった。
鞄の中に入っているはずの宿題プリントがなかったのを思い出し、下校中に学校へ引き返してきたのだ。
夕方5時。
すでに校舎内は薄暗く、蛍光灯もついていない。
古びた木造の廊下は足音を立てるたびにミシミシと軋んだ。
「……やっぱ不気味だな、放課後の校舎って」
そう呟きながら教室の引き出しを開け、プリントを見つけると足早に帰ろうと教室を出た。
そのときだった。
——コツ……コツ……コツ……
誰かが廊下をこちらに向かって歩いてくる音がした。
「……先生?」
返事はない。
ユウタはそっと教室から廊下の奥を覗き込んだ。
その瞬間、
血の気が引いた。
遠くの廊下の先。
白装束の女が立っていた。
顔は見えない。
ただ、長い黒髪が顔全体を覆っている。
そしてゆっくりとこちらへ近づいてきていた。
「絶対にすれ違うな」
その言葉が脳裏に蘇った。
絶対にすれ違うな。
でも足が動かなかった。
体が硬直し声も出ない。
女は、すう……っと床に足をつけることなく進んできてついにユウタの目の前に立った。
そして、
顔を上げた。
そこには顔がなかった。
——大きく裂けた口だけが笑っていた。
ユウタはそこで意識を失った。
翌朝。
ユウタは校舎の裏で倒れているのを発見された。
ただし、目を開けたまま動かず誰の声にも反応しなかった。
医者に見せても異常は見つからず、
まるで心が抜け落ちてしまったようだった。
その日を境に子供たちは噂を信じ始めた。
——「白装束の女」は本当にいる。
——すれ違ってはいけない。絶対に。



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