大学生の結衣は久しぶりに祖母の暮らす山間の村へ帰省した。
両親は共働きで忙しく、祖母の家も年々古くなっていた。
「今年が最後の帰省かもしれないね」と母がつぶやいた言葉がまだ耳に残っている。
村は静かで、蝉の声が遠くまで響く。
スマホの電波は届かず時間が止まったような日々だった。
ある夕方、結衣は小さな神社のそばで子どもたちが遊んでいるのを見かけた。
どこか懐かしい、昭和の絵本から抜け出してきたような風景だった。
「なにしてるの?」
尋ねると赤いワンピースの小さな女の子が笑顔で答えた。
「『八月のかくれんぼ』だよ!」
名前を聞いても彼女はただにっこり笑うだけだった。
「ねえ、お姉ちゃんも一緒にやろうよ」
誘われるまま結衣は鬼役になり目を閉じて数え始める。
「いーち、にーい、さーん……」
風の音、蝉の声、遠くで猫の鳴き声。
百まで数え終えて目を開けると夕焼けに染まった村の影が長く伸びていた。
ひとり、またひとりと見つけていく。
笑い声が響き、かくれんぼは楽しかった。
しかし、最後のひとりだけが見つからない。
最初に話しかけてきた赤いワンピースの女の子
境内の裏手でやっと見つけた彼女はどこか寂しそうな瞳をしていた。
「見つけた……けど、名前がわからないや」
そう言うと、少女は少し安心したように笑った。
「じゃあ、覚えててね。わたしのこと。夏が終わっても、忘れないでね」
その瞬間、ひゅうと風が吹き、鈴の音がかすかに聞こえた。
目を開けると境内にはもう誰もいなかった。
まるで最初から誰もいなかったかのように。
家に戻って祖母に話すと祖母はしばらく黙ってから口を開いた。
「昔ね、あの神社の近くに住んでいた女の子がいたのよ。
夏の終わりに川で溺れちゃってね……。
あの子、かくれんぼが大好きだったの。毎年夏になるとよく遊んでいたのよ」
その夜、結衣は夢を見た。
赤いワンピース、寂しげな瞳、でも最後に見せた笑顔は優しかった。
東京に戻ってからも夏が近づくとあの声を思い出す。
「忘れないでね」
だから結衣は毎年八月の終わりになると
あの村へ帰ることにしている。
ひぐらしの鳴く夕暮れにまたあの子に会えるかもしれない
淡い希望を抱きながら。



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